むか~し、むかし、あるところに1歳くらいの女の子がいました。
私が彼女のいるクラスに入る時。
私がそのクラスの扉を開けて、彼女が私の方を見た瞬間…
彼女は猛ダッシュで私から逃げます(笑)
クラスの端っこまで…自分が逃げれる限界まで逃げていました^^;
その後、彼女は私の膝に乗ってくるようになり、中学生になってもまだ乗っていたため、母と私に「そろそろ(乗るの)やめたら?(笑)」「いつまで乗るの?(笑)」と言われるほどでした。
今や20歳を越えた彼女ですが、いい思い出であり、いい笑い話になっています。
さて、そのように毎回毎回、私から逃げていた彼女ですが、きっとそれだけ不安だったんだろうなと思います。
彼女にとっては、その距離が「安心の距離」なのでしょう。
まぁ、クラスが広ければ、もっと離れたかったのでしょうが( ̄▽ ̄;)笑
別のところに、3年生の女の子がいました。
彼女が、その場所に入る瞬間の…彼女の「入口」での姿は毎回大体同じです。
①3メートルくらい離れた場所からじっと見てくる
②荷物を置いてそこで立ち止まってまた見る
③”背後”に忍び寄る
④”くっついて”くる
⑤『”無理矢理”肩車』(「肩車して」-「いいよ」って会話もないのに勝手に肩の上に乗ってくるあれです 笑)
きっと、毎日毎度「大丈夫よね?」「大丈夫よね?」と、ひとつひとつ丁寧に確かめているんだろうなーと思います。
彼女のこれまでに何があったのかは分かりませんが、彼女にとっては、そうやってひとつひとつ丁寧に確かめて…「石橋を何度も叩いて渡る」ほどの不安があるのでしょう。
彼女の不安が安心に変わるように、笑顔で、優しい声と口調で、隙だらけの姿で…少なくとも肩に乗ってくるまでは「ウェルカムモード」になっとかないといけないなと思っています。
人との関わりに不安がいっぱいの子どもたちは少なからずいます。
彼ら彼女らは、自分の「安心の距離」を保ちながら…徐々に徐々に「これくらいなら大丈夫かな?」と近づいてくるようです。
そこで、子ども達が「安心感」を持てるのか、それとも「不信感」を持ってしまうのかは、その後の子ども達の人との関わりへの影響が大きいだけに、大切にしないといけないなと思います。
また、私たち大人のちょっとした言葉や態度で、一気に「安心」は「不安」に変わってしまいます。
3年生の男の子。先生にかけられたたった一言にショックを受けたようで
「おまえなんか死ねーーーーー!」「この世から消えてしまえーー!!」
なんて、拒絶的な言葉を放ちながら、中指を立てて、険しい表情で大泣きしていました。
さらに、その先生に
「こっち来んなーー!!」
と言い、私に
「あいつを近寄らせんでよ!」
と言って、その先生から20メートル以上は距離を取っていました。
一見、攻撃的で悪い言葉…でも、その背景には、強い”恐怖感”があると思いました。
その先生のことが怖くなったんだろうな、脅えているんだろうなと思いました。
子どもは私たち大人のちょっとした言葉からでも恐怖を感じて脅えてしまうのです。
ちなみに、先生は、彼が話しかけてた時に
「うるさい、ちょっとおまえ黙っとけ」
と言葉をかけたようです。
先生は、実はその時、ある子が「指が痛い」というので、それをじっくり見ていたようで、そこに彼がやかましくしゃべりかけてきたため「今はこの子の傷を見ていて、今はそれに集中したいから、静かにしていてね」という意味で伝えたようなのですが…
ちょっと”言葉が足りな過ぎた”&”きつかった”ようです^^;(私が仲裁に入って和解しました)
でも、たった一言…大人が”つい”放ってしまった一言に対して、凄くショックを受けて、傷ついてしまうのが子どもなのだと改めて思いました。
「大人」ー「子ども」や(一般的には)「先生」-「教え子」というような、縦(上下)の関係があり、毎日毎日接していると鈍感になってしまいもしますが…
そもそも、私たち大人よりも背も小さく力も弱い子どもです。
「怖い」ことがあたり前なんですよね。
だからこそ、彼ら彼女らが安心感を持てるように、私たちは言葉や態度、そして表情に気をつけないといけないのだと思います。
常に隙だらけで柔らかく、笑顔でいたいと願う私です。
目指せ”となりのトトロ”…かな(笑)
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